!!18歳になっていない人は見ちゃダメ!!
かがみ×みさお(らきすた)
西の空が微かに赤みを帯び始めている。
長く尾を引いた影を校庭の砂地の上に落としながら、彼女は申し訳程度に流れる風に乗った秋の気配を感じながら、ベンチに腰かける。
日差しは強くはなく、遠くでジィジィとセミの声。
すでに部活を終えた生徒達が、ゾロゾロと部室棟へ足を運んでいる。
まだトクントクンと弾む心音を耳の奥の聞きながら、足下にあるペットボトルを持ち上げ口に運ぶ。
口の中に広がる甘い味、ゴクンと喉を鳴らして飲み込むと乾いた喉に、潤いが広がった。
火照った足に食い込むシューズのヒモを指先で緩めながら、みさおはスターティングブロックの高さを考えている。
愛用していたシューズの大きさが足に合わなくなり、新調したばかりのシューズは、やや踏み込みを甘く感じる。
スパイクの引っかかりは調整でどうにでもなったが、かかとの浮き上がりが、どうしても気になった。
もう少し、かかとのグリップがキツい方がいいのか……と思ってみるが、これは慣れの問題だ。
明日は少し走り込んでみて、スタブロの高さを調整してみよう。
彼女はそんな思いを巡らせながら、ベンチの背もたれにもたれると、空を見上げる。
オレンジ色が広がりつつある空の上、小さな雲が点々と浮かんでいた。
「……はぁ…いい天気だねぇ」
一人つぶやいて、手に持っていたペットボトルをベンチの上に置く。
汗ばんだ肌に心地よい風を受けながら、空を走る鳥の影を目で追っていくと、校庭の向こう側に人影を見つけた。
下校時刻も過ぎて、帰宅部はすでに一人として残っていない。
浅い夕暮れが覆い始めた校庭の中に、この時間には見慣れない姿に、みさおは少しだけ驚きつつ立ち上がった。
「お、柊ー」
ラヘラヘと手を振りながら、校庭をこちらに向かって歩いてくる少女に声をかける。
その声が聞こえたのだろうか、かがみも、なぜか苦笑いしながら、みさおに手を振り返した。
制服を着込んで、片手にはバッグを握り。
かがみはトコトコとみさおに歩み寄ると「お、おっす」と声をかける。
続けて、
「あんた……なんちゅー服着てるのよ」
と、みさおが身につけているスポーツウェアを指さした。
かがみが動揺するのも無理はない。
みさおが着ているスポーツウェアは、競技用のセパレートウェア。
ランニングシャツの裾は短く、腹部が大きく露出してしまっている。
ショーツはV字にカットされて、かがみの目には、かなり際どい服装に思えた。
しかし、当人はまるで気にしていない様子でカラカラと笑うと、ぐるりと身を一回転させて見せる。
「いいだろー、ヨーロッパ仕様のセパレートだぞー」
そんな事を言いながら、背中を向けて肩甲骨(けんこうこつ)をワシワシと動かして見せる。
背中が大きくくり抜かれた服装、陸ならず水着であったとしても、かがみはこんな服装を大衆の面前に晒す勇気はない。
「わ、分かったから……」
自分の事ではないが、まるで臆する事もない彼女の姿に恥ずかしさを覚えてしまう。
慌てて、みさおの肩を掴んで、彼女のおかしな動きを制してしまった。
肩を掴まれて、自慢のセパレートウェアを見せびらかせない事に、やや不満そうなみさお。
しかし、すぐに、はっとした表情を浮かべた。
「あ、そういや、柊?」
「ん?」
「なんで、こんな時間にいるんだ?もう下校時間過ぎてんだろ?」
途端に、かがみの顔が赤くなる。
「べ、別に、何となくよ。何となく」
『?』と思いつつ、みさおはプイとそっぽを向いてしまった彼女に問いただす事もなく「ふーん」と言葉を返す。
確かに、この時間に彼女がここにいる事は、決しておかしな話しではない。
当のかがみは、みさおの質問に動揺を隠しきれない。
まさか、みさおに『こなたと、ちょっと怪しい遊びをしてました』等と言えるはずもない。
かがみの脳裏に、美術室で先ほどまで繰り広げられていた、こなたとの『遊び』の光景がありありと浮かび上がる。
それを打ち消すように、頭をブンブンと振って、みさかの肩から手を離した。
「あ、柊。この後、パン食ってくか?」
そんな、かがみの心中を推し量るべくもなく、みさおはそう言いながら、ベンチの上のペットボトルに手を伸ばす。
彼女の言葉に、かがみは小さく笑ってしまう。
みさおは中学生の頃から、ハンバーガーショップを「パン屋」と呼ぶ。
その言い方が気になって何度も店の名前を教えたが、かがみの努力空しく、今に至るまで、彼女の言葉を正せてはいない。
「はいはい、ハンバーガーね」
そう言いながら、かがみは体重と財布の折り合いについて考えてみる。
最近、体重計の針の動向は、やや上向き傾向で思わしくはないが、胃袋には随分と空きがある。
お財布の中には、とりあえず、いらなくなったCDを売ったおかげで、諭吉さんが入っていた。
一瞬の思考の後に、彼女の脳がたたき出した答えは『とりあえず、明日から食事は控えよう』。
「じゃあ、食べて帰ろうか?」
かがもの言葉に、みさおの目が輝きを増す。
「うっし、じゃあ着替えて、パン食いに行こうぜ!」
そう言いながら、両腕を首の後ろに回して歩き始める、みさお。
かがみは、やれやれと彼女の後ろを歩き始めようとする。
ふと、かがみの目に、みさおの大きく開かれた腋の下が入ってしまう。
(……何考えてるんだ、私!)
心音が高鳴る自分に気恥ずかしさを感じながら、みさおの後ろに続いて行く。
校庭を横切り部室棟へ向かう二人。
日暮れにはまだ遠く、夕焼けが、僅かに空の藍色を染め始めている。
二人の影は、校庭の地面にたなびくようにして長く伸び、静寂に包まれつつある校内の教職員室に明かりが点った。
「柊、パン食って体重大丈夫なのか?」
「よ、余計なお世話だ!」
かがみは、秋の日のつるべ落とし、という言葉を思い出していた。
先ほどまで明るかった空は、見る間に濃さを増して、日差しが西の空深くに沈もうとしている。
まだ暗くはないが、部活棟の入り口に取り付けられている裸電球が、カチッカチッと音を立てながら明かりを灯した。
旧校舎を改造したと聞いた部室棟。
なかなか年季が入った建物と『生徒会部室棟』と書かれた、木造の看板。
みさおが、ドアを押す。
ギィィと軋みを立てながら、ガラス張りのドアが開き、シンと静まりかえった廊下の一カ所だけに、やや黒ずんだ蛍光灯が、静かに輝いている。
お世辞にも清潔とは言えない、錆だらけの下駄箱。
その上からスリッパを手に取ったみさおは、それをポンと、かがみの前に放ってくれた。
「……あ、ありがと」
小さく言いながら見ると、みさおは黒ずんだ木製の簀の子(すのこ)の上に腰を下ろして、シューズのヒモを解き始めていた。
細い指先で、ガッチリと結んだヒモを解き、丁寧にシューズを脱いでいる。
白い靴下には、赤茶けた砂の後が滲み、指先にはうっすらと汗の跡。
その靴下を、ゆっくりと脱ぎ始めた彼女の姿から、かがみは目を離す事ができずにいた。
かがみの中で生まれた気持ちは、先日までの自分では、考えもしなかっただろう不思議な感覚。
こなたとの、ほんの小さな戯れで生まれてしまった、周囲から見れば、あまりに不可解な感情。
靴下を脱いだ、みさおの足はガッチリとしていて、それなのに、どこか華奢に見える。
足の火照りを取るようにして、足を右手で掴んで、小さく揉みながら、みさおの顔は真剣そのものだった。
(コイツ、こんな真面目な顔できるんだ……)
いつも、お調子者で、真面目な顔など滅多に見せないみさお。
そんな彼女も、陸上の事となると、いつものヘラヘラとした笑いは消えて、目に光りが宿る。
自分の好きな事に一直線に取り組む姿勢もさる事ながら、みさおは意外に責任感が強い事を、かがみは知っている。
怪我をしてしまっては、部活のみんなに迷惑をかけてしまう。
そんな思いが、みさおの中で大きくなっているのだろうか。
むしろ、その真剣な眼差しの中には、追い詰められたような弱々しい光りも含まれているように感じられた。
両足の靴下を脱いで、両手でワシワシと足を揉む彼女。
中学生の頃からの付き合いで、彼女の事を良く知っているようで、時折、初めて見せる表情にドキリとさせられる事がある。
これまでの自分だったら、その感覚に戸惑うだけだったのかも知れない。
しかし……
今のかがみは、その気持ちが生まれる理由を知っている。
すくっと立ち上がったみさお。
そして、自分の靴入れの扉を開いて、使い古したシューズを取り出して、それに足を通した。
いつまでも、みさおを見つめ続けているのが気恥ずかしくて、かがみは目を泳がせる。
壁に掛けられた丸い針時計は、夕暮れも深まり増す、午後6時を指そうとしていた。
辺りを見回すと、すでに、どの部室にも明かりはない。
ただ『陸上部』と札が掲げられた部屋の引き戸だけが、小さく開かれていた。
「柊、お待たせー」
靴の先で床をトントンと叩きながら、いつもの笑顔を見せる、みさお。
静寂に包まれた部室棟の中には、自分とみさおだけ。
そう思うだけで、妙に胸が高鳴り、喉の奥が乾いてしまう。
人の気配はなく薄暗い建物の中、いたたまれないほどの妙な緊張に、全身が強ばってしまう。
暗がりの中、蛍光灯の明かりは仄かに青みがかり、色黒の彼女の肌を、白く照らし出している。
見慣れない光りの袂(たもと)で見る彼女は、どこか儚げにすら思えてしまった。
(落ち着け……落ち着け、私……)
かがみは、必死に自分の心の高鳴りを抑え込む。
意識し過ぎてしまって、いつもの調子に会話が交わせそうにない。
未だ色濃く残るのは、こなたとの戯れの時間の感覚。
その事が災いして、いつにも増して彼女の心は揺れ動いてしまう。
(落ち着け……落ち着け……)
必死に自分の心に言い聞かせる。
じゃじゃ馬のように跳ね上がる心を撫で落ち着かせるように、小さく、みさおに気づかれないように、何度も深呼吸をする。
そして、強引に抑え込んだ鼓動を隠すように、わざと、さも面倒くさそうな態度を取って誤魔化そうとする。
「さ、さ、さ……さて、じ、時間もアレだし、アレしてアレしま……ぅっ」
(何言ってんだよ私!)
しかし、彼女の口から出たのは、言葉ならぬ言葉。
動揺が心に広がるのを感じながら、みさおの顔を見る。
小首を傾げて、きょとんとした表情を浮かべる、みさお。
彼女の透き通るように大きな瞳が、かがみの目をじっと見つめている。
ドクッドクッドクッ……
かがみの心音が、周囲の空気を震わせんばかりに強くなってしまう。
「柊?」
そのままの顔で、みさおが小さく彼女の名前を呼ぶ。
「と、と、とにかく、さっさと着替えて、ハンバーガー食べに行こう!」
「おう!パン食おうぜ!」
不思議そうな面持ちから、再び笑顔に戻るみさお。
かがみは、感づかれていない事に、ほっと胸を撫で下ろす。
小さな蛍光灯の明かりにの下を、陸上部室へ、二人は足を進めて行く。
ガラガラと引き戸を開けると、予想よりも、こぢんまりとした小さな部屋。
壁には破れたポスターや、赤ペンで文字が書き込まれたカレンダーが貼られ、窓ガラスには、古ぼけたシールの跡が点々と残っている。
壁に所狭しと並べられたロッカー。
その1つに歩み寄ったみさおは、ガチャッとロッカーを開くと、中から、やや乱暴な手つきで制服を取り出すと、床に放り出した。
明かりのない室内は薄暗く、窓の向こう側から差し込む街灯だけが、みさおの輪郭を浮かび上がらせている。
「し、失礼しまーす……」
と小さく言いながら部室に入る、かがみ。
彼女は部活という物に参加した事はなかったが、こうして部室を見つめていると、中学生の頃の、資料室を思い出す。
雑多な物置のようで、教室や職員室にはない、いわゆる『個性的』な雰囲気が満ちている。
物珍しそうに、あちこちをキョロキョロと見回してしまう。
そんな中、ロッカーの前で、右肩に手を置いて首を横に傾げている、みさおの姿に気づく。
「……肩痛いの?」
「んー、痛いってほどじゃないんだけどさ」
そう言いながら、肩を手で軽く揉むようにしている。
やや遠慮がちに部室に足を踏み入れたかがみは、みさおの背後に歩み寄った。
「どの辺りが痛いの?」
そう言いながら、みさおの肩にそっと手を触れる。
じんわりとした、汗の感触。
「い、いいってば」
そう言いながら、少しだけ困ったような顔で振り向く みさおに、かがみは小さく微笑んで見せる。
「まあまあ」
そう言いながら、彼女の小さな肩に指先を滑らせていく。
セパレートウェアの上から、肩に小さく力を入れて、指先を押し当てる。
やや固い感触。
「あんた、結構凝ってるのね……」
日頃の彼女の言動を見る限りでは、肩こりの原因は察する事はできないが、彼女も彼女なりに悩みを抱えているのかもしれない。
そんな事を思いつつ、肩全体を指で肩を揉み上げていく。
「おおー、柊、肩揉むのうめぇな」
困惑の表情から、目を細めて小さく感嘆の声を漏らす。
そんな彼女の背中を見つめながら、かがみは、静かに指先を肩へ走らせる。
子供の頃から父親の肩を揉んでいた経験が役立つ事になろうとは。
ここに不純な気持ちが含まれていないなら……かがみは自嘲しつつも、指先の動きを止める事ができない。
シャツの上から、肩の素肌へ指先を移動する。
肌の上は僅かに湿り気を帯び、日焼けのためだろうか、少し乾いたような手触り。
肌の上に指先をサワサワと這わせると、みさおの体が小さく震える。
それに構わず、サワサワと肩を撫でるように揉み続ける。
「……そ、そうだ」
「どした?」
かがみの一言に、気持ちよさそうに目を閉じていたみさおが、後ろを振り返ってくる。
「この間、テレビで見たんだけどね」
「おう」
ただ、言葉を紡ぐだけなのに、こんなにも勇気が必要なのだろうか。
そう思うほど、かがみは必死に言葉を脳裏に巡らせ、吟味して、選び抜いた言葉を、ゆっくりと口に吐き出していく。
「わ、腋の下に、肩コリのツボがあるんだって」
そう言葉を出してから、かがみは赤面する頬を隠すようにうつむき、再び肩を揉み始める。
固くなった肩の上に、ゆっくりと指先を押し当てて、グリグリと指圧する。
「んぁ…」
少しだけ痛かったのだろうか。
みさおの口から、小さな言葉が漏れ、再び彼女の体がピクッと震えた。
自分の真意を気づかれてしまったのではないか。
強い不安が、かがみの心に襲いかかる。
誰もいない部室棟、最終下校時刻まで、あと30分を残すばかり。
薄暗い部室の中で、自分とみさおの二人だけ。
そして、自分は今、彼女の肩に触れている。
それだけの事が、かがみにとっては溜まらなく恥ずかしく、そして、溜まらなく嬉しい。
そして、今以上の『遊び』を望んでしまう自分。
誰もいない……
ここにいるのは、自分とみさおの二人だけ……
ドクッドクッと、心音が再び大きく鳴り響く。
静寂に包まれた室内の空気が、ザワザワと色めくような感覚。
下校時刻間近の部室棟という、いわば密室の中に、たった二人だけ……
ぎこちない指先の動きでワシワシと肩を揉み続けながら、ジリジリと言葉が返ってくるのを待っている。
ひどく長い時間に思えたが、それは、ほんの数秒の間だったのかも知れない。
静寂の中で、廊下に掛けられた針時計が、時を刻む音だけが小さく響いていた。
「おう、やってやって!」
あまりに軽い言葉と同時に、みさおが、クルリと体をこちらに向けて来る。
びっくりして、一歩後ずさってしまうかがみを尻目に、みさおは大きく腕を上に挙げた。
「…え?…あれ?いいの?」
あまりの呆気なさに拍子抜けしながら、みさおの瞳を見つめる。
ニコニコと笑顔を浮かべて彼女は、悪ぶれた様子もなく、両腕を後頭部に回してバンザイの姿勢で立っている。
自分よりも幾分か背の高い彼女。
こうして真正面から見ると、彼女が身につけているスポーツウェアの大胆さに、かがみは思わずたじろいでしまう。
自分よりも大きく見える胸。
ウエストのラインは、スポーツをしているからだろうか、キュッと引き締まっている。
決して筋肉質というわけではないが、綺麗に整った体型。
ゴクッ
喉の奥が乾き、口の中に滲んだ生唾を飲み込んでしまう。
その音が聞こえたのではないかと不安になりながら、ゆっくりと、彼女の腋の下へ指を近づけていった。
大きく開かれた腋の下、そこには、剃り残しの1つも感じられない。
周囲の肌の色と比べると白みを帯びて、運動を終えた後だからだろう、汗がにじんで、それが背後から照らす蛍光灯の明かりにを艶めかしく映している。
ドクッ、ドクッ、ドクッ
かがみの胸の中で、心臓が激しく脈打つ。
いい知れない興奮が、心の中を埋め尽くしていく。
同性同士なのに、友達同士なのに。
それなのに、いけない事をしている、という背徳感。
「あ、あんたのワキ……綺麗ね」
思わずつぶやいてしまう。
「ちゃんと剃ってるからな」
恥ずかしげもない言葉が返ってくる。
その、みさおにとっては何でもない言葉も、かがみにとっては恥ずかしく、怪しい興奮を帯びた言葉となって届いてしまう。
大きく開かれた右の腋の下、その窪みの辺りに、そっと人差し指を当てる。
ビクッ!
みさおの顔が笑いに歪み、腰をわずかにくねらせる。
「ここ、極泉(きょくせん)ってツボなのよ」
冷静を装いつつ、窪みの真ん中辺りに指先を這わせる。
「くくっ…!や、やっぱ、くすぐってぇな!」
そう言いながら、両腕を後頭部でガッチリと組んで、必死にくすぐったさに耐える。
露出した腋の窪みの辺りに、爪先でコリコリと刺激を与えてみる。
「うひひっ!ひ、柊ッ!くすぐったいってば!」
そう言いながらも、彼女は健気に両腕を下ろそうとしない。
むしろ、その刺激に耐え続ける事が使命でもあるように、両手にさらに力を込めていく。
「こことか、ね」
そう言いながら、爪先で腋の下の皮膚をコリコリと引っ掻いてみる。
柔らかな皮膚が沈み込み、汗の感触を指先で転がす。
「くくくッ……!ひ、柊ぃッ!くひひっ!」
右腋の下の上で、かがみの人差し指がコリコリと皮膚の上を刺激する。
その小さな刺激は、腋の下の薄い皮膚を貫くようにして、すぐ下の神経に強烈な刺激を送り込む。
「くひひッ!くっ、くすぐったい!くすぐったい!」
頭をブンブンッと左右に振り回しながら、みさおは、腋の下へ走る刺激に必死に耐える。
額から流れた汗が、かがみの顔に飛び散るが、それに構う事なく指先を遊ばせていく。
「……こりこりっ」
「くふふっ!あっ…あひぃっ!ひ、ひいらぎィッ!……く、くすぐったいってば!」
そう言いながらも、必死に後頭部に回した両手に力を入れる。
手を離してはいけない……
腋の下へ走るくすぐったい刺激から逃れたい……
相反する気持ちは、彼女の両手の力を抜けさせようとしたり、必死に腕に力を入れさせたり、忙しなく彼女の心を翻弄する。
ピクッピクッと全身が跳ね上がり、かがみの人差し指が与える刺激に、腋の下の肌が悪戯されている。
言葉では取り留めもない物になってしまいそうな感情が、みさおの心の中にモヤモヤと広がっていた。
「うひひっ!くくくっ……くひッ!?ひ、柊ッ!」
かがみの指先が、敏感な腋の下をコリコリと弄んでいる。
くすぐったくて、むず痒くて仕方ないのに、みさおの中では、それが幸せにすら思えていた。
いつも身近にいて、中学生の頃から、ずっと同じクラスで。
そこに自分たちがいる事が、まるで空気みたいに普通で、でも、そこに居ないと、何かが足りない。
「くくくっ!ひ、ひいらッ…うひひひっ!?くくくッ……!」
いつも近くにいた。
誰よりも近くにいて、誰よりも、かがみの事を知っている。
そんな自負があった。
「ほら、こういうトコとか、どう?」
「うひひひひひひッ!ひ、ひいらぎッ…!ツボはどうなったんだよッ……うはははははっ!」
それなのに、かがみは振り向いてくれない。
どんなに、自分が近くにいても、彼女はいつも別の場所を向いてしまう。
そこにいる事が普通。
まるで空気みたいで、何となく、そこに居るだけ。
時が移ろいで、いつか学生生活も終わりを迎える。
みんなが、それぞれの道を歩み始めれば、自分たちも、それぞれ異なった道を歩み出す。
進む方向は同じでも、道が違えば、いつか分かれ道は訪れる。
そう思う事が切なくて、悲しくて……
「うはははっ!ひ、ひいらぎィィッ……くへへっ!?うひひひッ!く、くすぐったいってぇぇ!」
いつも、かがみは自分に振り向いてくれない。
自分を見て欲しかった。
誰よりも、自分を見て欲しかった。
一生懸命になればなるほど、空回りしてしまう気持ち。
それがもどかしくて、いつか、かがみと別れなくてはいけない時が来る事が恐ろしくて。
だから、どんな時でも、自分はかがみの事を見ていようと決めた。
くすぐったさに全身を震わせながら、涙に滲んだ視界に、かがみの顔を見る。
その顔には悪戯っぽい笑顔。
(見てくれている……
私を見てくれている……!)
「くひひひっ!ひいらぎぃぃッ…!あはははははっ!くっ、くすぐったいってぇぇッ……うはははははっ!」
くすぐったい、今すぐにでも、この腕を下ろしてしまいたい。
でも、そうしたら、彼女は自分の事を見てくれなくなってしまう……
激しい不安と、くすぐったさから逃れたいと震える体。
どちらも、とても苦しくて、どちらかを選択する事など出来るはずもない。
「あははははははは!あひひっ!?ひ、ひいらぎぃぃ!くひひっ!?うへへへッ!あはははははははッッ!!」
腋の下の薄い皮膚を、かがみの細い指先が引っ掻き続ける。
腋の下の窪みの至る所を、コリコリと意地悪に、執拗に。
悪戯っぽい笑顔で、自分の体を悪戯している……
「あははははははははは!!あははははははっ!くくくくっ!うひひひひひっ!!」
すでに言葉が紡げなくなった口からは、笑い声だけが吹き出してしまう。
腋の下の敏感な肌に、容赦なく刺激が送り込まれ、全身から汗が滲み出す。
その瞳から涙が流れ頬を伝うが、その涙は、くすぐったさとは異なる、別の香りを含んでいる。
「うははははははッ!あはははははははは!くひひっ!?あははははははは!!」
たった1本の指先だけで、こんなにくすぐったいなんて。
激しい笑いの衝動が次々と沸き起こり、お腹の奥がジワジワと引きつっていく。
我慢できない、くすぐったい刺激。
右の腋の下に送り込まれる妖しい攻撃が、みさおの心を とろけさせていく。
「うひひひっ!あはははははッ!あはははははははは!あははははははははははは!!!」
ガクッガクッ
足が震え始め、腋の下のくすぐったさに全身が悲鳴を上げ始めていた。
(このまま……柊にくすぐられ続けられたら、私はどうなってしまうんだろ……?)
脳裏を微かに掠める、冷静な自分の言葉。
それに被さるようにして、くすぐったさが生み出す笑いが、全身を包み込んでいく。
熱くて仕方ない。
肌の上が火照って、全身が溶けてしまいそうな感覚。
「うへへへへッ!あはははははッ!!あひひっ!?うひひっ!?あはははははッ!!」
(……気持ちいい)
ふと、みさおは自分の中に生まれた言葉に動揺する。
くすぐったくて仕方がないはずなのに。
笑いすぎて、呼吸もままならないはずなのに。
(気持ちいい……柊にくすぐられるのが気持ちいい……?)
「うひひっ!ひッ……ひいらひィィッッ!あひぇッ…!あはははっ!ひ、ひいらひぃぃッッ!!」
じんわりと広がる、不思議な快感の波。
それが、腋の下に襲いかかるくすぐったい刺激と同時に、全身を激しく揺り動かしてしまう。
「あはははッ!!ひいらひぃぃッ!くしゅぐったいっばぁぁッッ!!うははははははッ!!」
頭の中が熱くて、何も考える事ができない。
息が苦しい、笑いすぎて喉がカラカラに渇いている。
それなのに……それなのに……
「はひゃひゃひゃッ!くしゅぐっひゃいってぇぇぇッッ!うひゃぇぇッ!やめぇぇッ!くふふッ!やめぇェェッッ!」
(柊が見てくれている……私を見てくれている……)
くすぐったさ、激しい笑いの衝動。
腋の下を相変わらずコリコリと爪先で刺激する細い指先。
朦朧とし始めた意識の中で、みさおは悦びに包まれていく。
「あははははははは!あーっははははははははは!ひぃらひぃぃィィ!!はひぇぇえはははははははッ!ひぃらひィィ……!」
腋の下がくすぐったくて、全身に力が入らない。
心がトロトロに溶けてしまったようで、何も考える事もできない。
かがみが見てくれている、その事への悦び。
そして、その悦びが与えてくれる快楽が、くすぐったさと相成って、全身を痺れさせていく。
「あははははははははッッ!!あははははははははははッ!はぅぁァぁぁァッ……」
一際大きな笑い声の後、口から吐息が漏れ出す。
ガクッガクッ
全身が激しく震えて、足からスッと力が抜ける。
まるで糸が切れた操り人形のように倒れ込もうとする彼女の顔に、ふんわりとした甘い香り。
フワフワとした、髪の毛の感触。
「ちょっ……日下部!?」
腹部に当たる、かがみの腕の感触。
髪の毛から香るのは、何だろう……何かの花の香りだろうか。
耳元で、かがみの声が聞こえている。
それも、少しずつ遠くなり、心は穏やかにゆっくりと、深い闇の中へ沈んでいく。
意識が途切れる瞬間、みさおは思う。
(柊……もっと見て。私を見て……もっと私を……)